バナナでもわかる話

開設当初は計量経済学・統計学が専門の大学院生でした。今はデータを扱うお仕事をしています。統計学・経済学・投資理論・マーケティング等々に関する勉強・解説ブログ。ときどき趣味も。極力数式は使わずイメージで説明出来るよう心掛けていますが、時々暴走します。

日常会話でイチイチ言葉の誤用を気にするのは鬱陶しい

言葉の誤用問題ってやっぱりありますよね。

私のブログは統計学関連のブログなので、統計学で例を出すと、次のような文は普通に間違いです。


「今回とったアンケートの母数は1万人だから~~~」

「今回はサンプル数1万人の電話調査によるアンケートを行いました。」



私がこの間、参加したインターンでもチームメンバーが結構な頻度で「母数」という言葉を誤用していました。確かに統計学畑にいる私としては気になったのですが、特に指摘はしませんでした

というのも、誤用について厳格に指摘すべき場面と指摘する必要のない場面があると思うからです。



そもそも誤用は何が問題なのか

そもそも言葉の誤用はどのような問題を生むのでしょうか。主に次のような問題があると思います。


①発言者がどういう意図で発した言葉かわからなくなる


②聞き手が誤解をすることで、伝えるべきニュアンスが捉えきれなくなる。



確かにこれは問題です。会話はそもそも何らかの目標に従ってコミュニケーションを取ることが目的である事が多いので、誤用があっては、会話の中で齟齬が発生するという結論になります。



しかし、この問題には

・発言者が言葉の意味を厳密に捉えているはずだ

・聞き手が言葉の意味を厳密に捉えているはずだ


という二つの前提が存在していることに注意してください。


つまり、聞き手が話し手の一言一句の定義を明確に捉えるからこそ②の問題があり、発言者が意図を持って言葉を選んでいるからこそ①の問題が生じます。



誤用を気にすべき場面

議論をする場合や、仕事をする場合、特にクライアントに説明する場合などにおいては当然気にするべきだと思います。

というのも、誤用によって齟齬が起こった場合、議論や仕事場が混乱が発生し、進捗スピードが悪くなります。また、知識の全体共有もはかれないかもしれません。

また、特にクライアントであれば、どのようなバックグラウンドを持っているかが分からないため、誤用は致命的な誤解に繋がるおそれがあります。


正直言って、クライアントは一度会って説明するだけという場合も多いので、何度も説明する時間はありませんし、全てを理解してくれたりしません。そのため誤用は致命的な誤解に繋がり、信用を失う可能性もあるわけです。



日常会話でイチイチ誤用を気にする必要はあるのか

しかし、日常会話でことさら「君、それは誤用だよ。」と指摘する人はやはり気になるわけです。


「「その指摘については意味があるのか???」」と思うわけです。


これが例えば仕事の上司が部下に対して「それは誤用だよ」と指摘することは正しいと思います。

だって今後部下が仕事の現場で同じ誤用をしては困りますから。



ただ、例えば仕事仲間でもない、単なる趣味友達に対して、誤用をするたび

「君、それは誤用だよ」「その言葉は厳密には間違いで」

とイチイチ指摘するのは意味がわかりません。


何故なら、今後仕事で何か問題が生じるわけでもないし、議論をしているわけでもないし、


何なら 聞き手である当人が「その言葉は誤用だ」と指摘できる時点で、聞き手は発言者の発言内容を理解しているわけだからです。


それなのにわざわざ、誰も得をしない指摘をわざわざ会話の流れを遮ってまで行う必要はあるのか??と思ってしまった次第です。




指摘はそれをすることの「コスト」と「ベネフィット」を天秤にかけてから行うべきで、会話を遮ってまで行われる無意味な指摘は、端的に言って

聞き手のマウント取りでしかない

と思います。


※まあ、当然「今誤用を指摘しておかないと、話し手の人が今後どこかで不利益を受けるかもしれない」と考えての指摘もあるかとは思いますが、経験上そんな高尚なことを考えて指摘をしている人は多くないような気がします。