この記事を書こうと思ったのは、下の記事を読んだからです。
中学校で習った「右下がりの需要曲線」は現実には存在しない――価格と需要量の真実 | 日刊SPA!
この記事の言い分はざっくり言うと次の通りです。
①中学校で習う需要曲線(直線)は、机上の空論である。そもそも需要曲線とは下のような関係を表すものであった。
(この図は元記事からの引用。)
②机上の空論であると述べる根拠は、実データに照らしてみると明らかである。そのデータも示してみた。
(この図は元記事からの引用。)
③図からも明らかなように、価格が安いからと言って需要量が増えるわけじゃない。よって、理論はあくまで理論であって現実にはそぐわない。
ちょっと経済学を齧った人であれば、この記事がおかしなことを言っていることは明らかなわけですが、
記事を書いている人の経歴が何やら強そうなので、
「あれー?自分が間違っているのだろうか??」
と思ってしまう人も多いかなと思ったので、どこがおかしいかを記事にしておきます。
このデータは需給の交点を集めただけ
まず、いくらでも文句のつけようはあるわけですが、
仮にこのPOSデータが市場の状態を十分に反映しているとしましょう。
※実際は反映してないわけですが、そこは後述
ここで、需要と供給の関係の仕組みを再確認しておきます。
「「市場において、商品の価格と供給量は需要曲線と供給曲線によって決定される」」
ということでした。つまり、こういうこと
これをそのまま信用してやれば、世の中の商品の価格と供給は交点で決まるわけなので、
市場で成立した価格と供給の組に関する実データは、市場の背後にある需要曲線と供給曲線の交点であるということになりますね。
故に、先ほどの記事のPOSデータの背後には次のような状況があるわけです。
(先ほどの記事から引用した図に加工を施した図)
当然ですが、需要曲線も供給曲線も経済状況に応じて変化します。そして、実データとして現れた価格と供給の組は交点だけです。
よって、100日間のデータをそのまま散布図に書いただけでは、上のような背景から、需要曲線にはなりません。
だから、このデータはそもそも需要曲線を表現したデータではないので、価格と需要の関係が成り立つはずもないわけです。
そもそもデータもおかしい
このデータは記事によれば「東京にある百貨店系列の食品スーパー」のPOSデータです。
一方、経済学の需給曲線に関する一般的な考え方は「市場全体においての」需給関係です。
市場全体を考えることで成り立つ話を、「東京」にある「スーパー」の売り上げだけを使って考えている点が非常に怪しい分析です。
普通、均衡価格を考えるのであればある地域の1個のスーパーではなく
せめてある地域全体の価格と供給の組だとか、日本の市場における価格と供給の組だとかを考えないとバイアスが大きすぎます。
需要曲線は消費者の潜在的な需要に関する曲線
需要曲線は、それぞれ個々の消費者が「この価格なら買う」「この価格なら買わない」と考えた選択意識の集まりでしかありません。
もし、データを取ってきて散布図のような形で需要曲線を描きたいなら、
条件を極力同じに揃えた上でアンケート調査を実施しないとわかりません。
需給曲線を推計する場合
今回のような、市場で成立した価格と供給の組を使って需要曲線や供給曲線を推定したい場合は、
こんな簡単に散布図を打つだけで見つかるものではなく、
同時方程式モデル
を使います。
同時方程式モデルの記事もいつか書こうとは思いますが、とりあえずはググったら出てきた参考URLをのせて済ませておきます。
https://www-cc.gakushuin.ac.jp/~20130021/ecmr/chapter8.pdf
とにかく、需要曲線はこんな局所的な規模で、時間も異なるようなPOSデータをプロットしただけで引けるような簡単なものではないのです。
この辺の統計学的な話は非常に面白い話が多いので、近々記事にしようかなと思っています。