バナナでもわかる話

計量経済学・統計学が専門の大学院生です。統計学・経済学・投資理論・マーケティング等々に関する勉強・解説ブログ。ときどき趣味も。極力数式は使わずイメージで説明出来るよう心掛けていますが、時々暴走します。

数式化する理由をよく考えるべきだと思った

私は、小学生・中学生・高校生という多感な時期、中々イタい子供でした。

どういうことかというと、というかそういう人は結構いるのじゃないかと思っているのだけれど、例えば世の中の全ての物事は数式に落とし込めて、全て計算できるとか考えてみたり、だからメチャメチャ計算の早いアニメに登場するような天才少年であれば予知に近いことが出来てしまうなんてことを考えてみたり。他の人が考え付かないような速度で物事を緻密に考えて、何でも解決、しかも多才な人間に自分はなれるんじゃないかなんて考えてみたり。

実は一つ目の例の能力をそのままそっくり備えたアニメは過去にあって、NHKで放送されたファイブレインというやつですね。 ファイ・ブレインの世界 : NHKアニメワールド 「ファイ・ブレイン 神のパズル」

後者は例えばデスノートのLなんてそんな感じですね。

アニメや漫画を読んで、色々な意味で頭のキレるキャラに自分を重ね合わせて妄想したりしていました。
そんでもってLのようなイスの座り方をして、甘いものを食べながら勉強をしてみたり、ファイブレインのカイトのように目の色が変わって計算能力がバク上がりする妄想をしてみたりするイタイ少年時代を過ごしてきました。結構楽しかったです。


まあ今も、そういう人物に対する憧れが無いわけではなくて、
実は自分の知らない世界で何かしら特殊能力を備えた者たちの陰謀めいたストーリーがあって、もしひょんなことから自分も巻き込まれて、同じような能力を備える機会があったりしたら、大歓迎しちゃうわけなのですが...


兎にも角にも、そんな少年時代を過ごしたものだから、高校生の私は次のようなことを考えて大学進学をしたわけです。




「人間の生み出す経済現象を数式で表しきれば、人間のあらゆる動きが予測出来るに違いないし、きっと予知に近いことが出来る」




近似の世界

で、そんな少年時代の妄想は、大学で経済学を勉強する中でドンドン崩れていきました。


まず、大前提として勘違いしていた部分があって、これはまあ言われてみれば当然なんですけど


「数学の世界」と「現実世界」はどう考えても対等じゃない

というところで、何を言っているんだ当たり前じゃないかとおっしゃる方もいらっしゃるとは思うのですが、中二的発想に毒された自分としては当たり前じゃあなくて、中二の自分にこの話をしたら恐らく真っ先に次のような反論をするはずなんですね。


例えば物理なんかはりんごが木から落ちる現象を数式で表せる、物の動きを数式で表せるわけで、簡単なものであれば四角い箱の体積はちゃんと数式で表せるし、求めることも出来るのだから、世の中は数式で満ちているわけで、今はまだ無理でもいつかは全ての物事を数式で表現出来るはずだし、数学の世界と現実世界は表裏一体の関係にあるはずだ。



当然ながら今の自分の考えはこれとは違っていて、

今は「現実世界を数式に落とし込む」とは現実世界のある現象を数式で近似しているに過ぎないと考えています。
というか多分良く知らないけど物理の人とかもそういうニュアンスで研究をしているのではないかと思っています。

要は、四角い箱は厳密に綺麗な直方体ではないけれど、まあ誤差は小さく、直方体に近似出来て、そんでその体積を測っている。
りんごが木から落ちる現象やら物の動きやらは物理に詳しくないのでわからないけど、恐らく何かしらの誤差は見なかったことにして、数式の世界に近似して、ほぼ正しい結果を導いているんだと思ってます。

だからあくまで近似であって、当時の私が考えたような「数学的に完ぺきに定式化された世界」のようなものを仮に生み出したとしても、それは現実世界に対する近似の世界にすぎず、色々とややこしい事象を捨象した結果にしかならないわけです。



そのややこしい誤差の部分も厳密に測れるようになれば、限りなく数学的に定式化された世界を作れるだろうという批判は、まあ恐らくその通りなのですが、最初の仮定がかなり非現実的で「誤差の部分も厳密に測る」のはまあ流石に無理でしょうと。

研究室の実験室であればまだしも、この世の中全てのミクロの動きからマクロの動きまで全てデータ化して、それを瞬時に計算してとなると。。

そもそも宇宙や深海すらわからないことがたくさんある現代で、技術特異点なんて言葉が叫ばれている状況に、そんな夢は見ていられません。


だから使えるデータ量的にも、やはり一部世の中に存在する誤差の少ない自然現象の近似をするのが関の山で、人間の行動を予測してどうのこうのなんて無理に決まっているわけです。世界中の国民の脳の中にチップを入れて、全身を実験器具まみれにして動きを観察し続けるなんて無理でしょう。


数式化する理由

ここまで話してなんですが、そもそも数式化する理由ってなんでしょうねっていうところも考えなければいけません。
私は次のような理由があると思っていて


・複雑な物事を端的に解釈することが出来る(簡略化)
・値を入れて予測や説明が出来る
・異なる言語間でも数式で意味を伝えられる


これを逆転させて考えると
「数式化しなくても解釈出来て」「予測等に使うデータを取ってくることが出来なくて」「英語やドイツ語が話せれば伝えられる」物事をわざわざ数式化する理由はないとまで思っています。


何でも数式化する理由はあるのか

で、ここからが本題で。よく特に数学を勉強した人がこんなことを言ったりするんです。

「〇〇という概念は実は数学の△△で表せるんだ!!」

この手の発言、結構多くて。いやまあ私自身も冒頭で話したようにそんな思想に染まっていたのでよくわかるんですけど

「表せるのはわかるけど、表せたからって何が嬉しいの?」

と最近は思うようになってしまいました。ロマンのロの字もないですね。


表せることはそりゃあわかるけど、その〇〇という概念は別に予測したいものでもないし、別にそんなに難しい事象でもないし、何ならむしろ難しい数学的な考え方で数式に近似した結果、より複雑にしているだけじゃあないの?とさえ思ってしまいます。