バナナでもわかる話

計量経済学・統計学が専門の大学院生です。統計学・経済学・投資理論・マーケティング等々に関する勉強・解説ブログ。ときどき趣味も。極力数式は使わずイメージで説明出来るよう心掛けていますが、時々暴走します。

落合陽一さんのニューアカしぐさが話題らしい

昨日か一昨日辺りからTwitterで落合陽一さんのニューアカのような態度が気になるとの言説が非常に多くなってきました。

私はその時代を生きていなかったので、ニューアカとはそもそもなんだ???となってしまっているわけですが、

どうやらググって調べたところによると、ソーカルとブリクモンが次のように批判した知的態度のことを指すらしい。

・科学的な用語を何を意味しているのか気にせず使用すること
・自然科学の概念を最低限の正当化を経ることなく、それを用いる理由も提示しないまま人文科学に持ち込むこと
・無関係な文章に専門用語を散りばめ、博識に見せかけること
・深淵に見えて実は無意味な言葉や文章をつづること
・著者の能力をはるかに超えた話題についても自身をもち、その言説に浅薄な厳密さを加えたいがために科学について払われている敬意を利用すること

引用:「知」の欺瞞 - Wikipedia

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メチャメチャ簡単に要約してしまえば、自然科学の概念・科学的な用語を本来の意味では無い形で使用したり、その概念・用語の背後にある科学的権威を自らを博識に見せるために使用するといった態度のことを指すと言った理解で良いのですかね?


そういえば大学1回生の頃、一般教養の授業で浅田彰さんの「構造と力」を読まされましたが、


浅田彰氏はニューアカの代表のような存在のようです。
その授業においては、「構造と力」において使用されているクラインの壺のモデルが誤って利用されている部分を指摘せよという課題が出されて、当時としてはそのような背景を知らずに答えたわけですが、今考えてみると、あの授業はニューアカ・ポストモダン的態度によって書かれた本を鵜呑みにしないようにという警鐘の意図があったんですね。

クラインの壺

そもそもクラインの壺とは何かというと、メビウスの輪の多次元(4以上)版のようなものです。

メビウスの輪は皆さんよく知る通り、表面と裏面の区別がつかないような構造なわけですが
それを壺で再現したクラインの壺というものがあるんですね。
gigazine.net
まあこれはあくまで雰囲気を知ってもらうためのもので、実際のクラインの壺は3次元空間上では作れないわけですが。

構造と力の記述

で、構造と力の中で浅田さんは金の循環構造のモデルにクラインの壺を三角錐との対比で利用しました。
これが当時非常に議論を呼びまして、(正直ネット上のサイトでその辺の議論をしっかりまとめてあるサイトはほぼ無いような気がしますが)とにもかくにも、今でいう所の大炎上が起こったわけです。



で、落合さんがどっち側なのか私は判断する術が現状ないわけなので、ニューアカかどうかといった判断は差し控えますが
※私は落合さんの本を読んだことはないし、テレビ番組もお笑いくらいしか見ないので


個人的にTwitterにいる落合さん崇拝者の方々のツイートはちょっと怖いというか気味が悪いなあとは思っています。落合さんがどういう方かはさておき、盲信はよくないですよね。

ただ、彼のバイタリティは凄まじいですよね。
1年でどんだけ本書いて、どんだけ論文執筆して、どんだけテレビに出て、どんだけ講演しとんねんとツッコミを入れたくなります。
あの無尽蔵の体力だけは見習いたくても見習えない。寿命を削って生きてる感があります。

落合さんの研究が界隈でどういう評価なのか、誰か詳しい人がいたら教えてほしいなあ。
あの仕事量で、トンデモでない意味ある研究を行えているのだとすれば確実に尊敬に値する人だとは思いますが、、、
(自分でgoogle scholarで調べて読むほどの強い関心は無い)